相続相談のお申込み・お問い合わせ

遺言書・遺産分割協議書の作成、相続相談、家族信託…

 

「終活」という言葉は個人的には好きになれないのですが、「親亡きあと」「私亡きあと」を考えて事前に準備しておくというのは、確かに大切な事です。で、あれば、その準備に早すぎるということはありません。比較的多くの方が高齢になって亡くなる訳ですが、それは死期を自分で選べる事を意味しません。他者への責任という意味合いでいえば、人生で一つ責任を負えばその時点で「私亡きあと」の準備をする必要があるということです。そして「私亡きあと」の準備をする意味は、他者への責任に限ったことではありませんし、逆にまたその準備に遅すぎるということもありません。法は15歳以上に遺言の有効性を認めていますし、こん睡状態になった場合でも一時的に意識を回復すれば有効な遺言ができる方法を定めています。要するに相続準備は特定の誰かではなく、誰にとっても必要な大切な事柄であると前提さているのです。

 

財産額や相続人の数は関係ありません。(もちろん多くの財産を持ち相続人が多い人にとって相続準備の重要度が高いことは確かですが) 要は自己実現・自己決定の問題なのです。漠然と「子供たちのために何かできないか」といった形で考えておられる方は多いと思いますが、そうして誰かのためにと考えるのも、自己実現・自己決定です。そして、残される者にとって一番ありがたいのは、何より先に逝く人が自分の意思を示しておいてくれる事です。私自身当事者として相続を経験しているので、確かにそう言えます。「彼は、結局どうしたかったのか」という疑問が残ったままになるのが一番困るのです。そして故人の意思が不明瞭なままだと、残された状況下での力関係が反映されることになりがちです。故人にとって思ってもみなかった相続人間の争いは、故人が自分の意思を決められなかった時に起こるのです。

 

そこで意思決定の一つの手段として遺言書の作成がある訳ですが、きっと多くの方は遺言書には多くの決まり事があって難しいと思っているでしょうし、実際そのように説明する行政書士もいるでしょう。「ですから、そこは専門家にお任せを」と… しかし今一度考えてみて下さい。専門家に任せなければ自己決定ができない、などということがあり得ますか? 確かに昼食に何を食べるかも、デートに何を着て行くかも、旅行に何を持ってゆくかも大いに迷いますし、難しい選択ですが、全て専門家に任せてしまう事はないでしょう。遺言書の作成だって何ら異なる所はありません。専門家のアドバイスを利用するかどうかも含めて全ては自己決定すべきです。自分のしたい事をしたいようにすれば良いのです。遺言書にこんな事を書いてはいけないという事は一つもありません。

 

遺言書の作成で一番難しいのは、自分の意思を決定する事です。その過程で相続に関係する家族の誰かに相談するよりも、部外者である行政書士の第三者性がお役に立ちます。どうぞこちらからご相談下さい。誰でも「自分の死ぬ時はこうする」と確固たる意思を持って生きている人はいません。気持ちや考え方などは不断に揺れ動いてゆくものです。だから遺言書は何度でも書き換えることができるし、生前意思表示の唯一の法律行為でもありません。自分がどう思い、どう考えているのか、何を言い残したいのか、この一番難しい作業を乗り越えるのに行政書士は必ずお役に立ちます。

 

遺言書の作成で二番目に難しいのは、自分の意思を正しく伝えるという事です。日々の生活の中で、自分の意思が間違って受け取られて、悲しい思いや悔しい思いをされるという経験は誰にでもあるでしょう。それは死後においても全く同じ事です。この誤解というのは人間社会の宿命ですから、結局避けがたい部分もあるのですが、死んだ後まで自分の意図と異なる解釈をされてはつまらないので、なるべくなら誤解の起こらぬように努めた方が良いでしょう。そこで、遺言書は正しく書きましょう、正しく作りましょうという話になる訳です。行政書士はそこで遺言者の意思をくんで誤解を生じさせない文章を作成する事もできますし、証人となって遺言者の意思の真正を担保する事もできます。(あくまで行政書士のような第三者にも一切内容を知らせずに作成した上で、封印後にその文書自体に証人を付ける方法もあります) 文章を書くのが苦手だ、せっかく自分で決めた事だから正しく後の人に伝えたい、という人はこちらからご相談ください。この部分が行政書士の一番の腕の見せ所と言えます。

 

ちなみに、遺言書の真正を担保する為に公証人を利用し公正証書にするという話は、聞いた事のある人も多いでしょう。確かに公証人はその歴史が数千年にも及ぶと言われるほど立派な職分で、高い証人性を持つものですが、先に言ったように遺言書はどんなメモ書きであっても本来尊重されるべきで、駄目な遺言書などはありません。よっぽどの内容を含まない限り、その真正を担保するのには行政書士の証人性で十分です。もちろん公正証書にしたいという利用者の意思をさえぎるつもりは一切ありませんし、ご希望があればそのように取り計らいます。ただ、何よりお伝えしたいのは「遺言書」というのは予め型があってそれに当てはめなければいけない、という物ではないのだということです。

 

話が「遺言作成」に偏ってしまいましたが、先に申し上げたとおり”相続準備・生前意思の表示”は遺言書に限った事ではありません。私としては、もっともっと自由に意思表示をしてもらいたいと思っています。「家族信託」なども最近ではよく耳にするようになりましたが、「信託」の他にも法律が想定している契約形態はいくつもありますし、そもそもどんな契約であろうと個人の意思で自由に結べるというのが、法律の大原則であり大前提です。自分の人生、最期まで自分の思うようにして行きましょう。行政書士はそれを応援するための仕事です。

 

家族信託にしても、遺産分割協議書にしても、いずれ別立てでお説明したいと思いますが、相続関連全般についてご質問のある方もこちらからお問い合わせ下さい。遺産分割協議書も私は当事者として作成したことがありますので、そこは当事者としての実体験がない先生とは格段の違いがあると思います。また、高齢者は元より障害者福祉に携わっていらっしゃる先生方は、「親亡きあと」をより切実に感じられているでしょう。私は一応精神保健福祉士ですので、アドヴォガシーに寄与できるのではないかと思います。直接当事者の方をご紹介いただかなくとも、先生からのお問い合わせという形で構いませんので、是非お声がけ下さい。

 

*ご質問・お問い合わせはこちらから